2017年3月1日水曜日

「死」が怖い理由〜母をダイナマイト心中で亡くした僕が見つけた答え(末井 昭) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

「死」が怖い理由〜母をダイナマイト心中で亡くした僕が見つけた答え(末井 昭) | 現代ビジネス | 講談社(1/3):

 今回は重めの話題ですが、「死」というものについて末井昭氏の記事を元に考えてみたいと思います。人間は死んだらどうなるのか。それは究極の難題ですが、それを探すのが人生だとかそんなことで悩むことは無意味だとか、この難題の答えをはぐらかすような回答も世の中にはたくさんあります。科学的には、死んでしまうと後には何もなくなってしまうとされていますが、経験したことがない以上は(経験した人は残念ながらその経験を私たちに語ってくれません)よくわからないものです。

 そこで元記事の末井氏は、「死の疑似体験」というワークショップに参加したのだそうです。会場は都内の大きなお寺の地下会議室で、夜の7時から始まったそうです。「ワークショップ」という言葉がちょっと軽いように思えたり、昼ではなく夜に行なうのが、いかにも雰囲気を出そうという作為に感じたりもしますが、そこはそっとしておきましょう。照明が落とされ、全員が外側に向かって輪になるよう座ってワークショップは始まります。末井氏のレポートに沿って、自分ならどうするだろうかと考えてみようと思いますので、皆さんもご自身ならどうするかシミュレーションしてみてください。

 最初は5枚のカードが配られ、そこに「大切な物」を書くように指示されます。実はこの後の展開を知っていれば、ここで平和とか愛情とか仕事とか形のないものや人物を書いてしまうと後でかち合ってしまうことがわかっているので、ここは純粋に形ある「物」だけを書きましょう。お金を書いてしまうと、たいていの物はお金で買えてしまうので、やっぱりよくないでしょう。そんな条件のもと、自分なら何を書くかを考えてみると...そうですね、やっぱりそれなりに値段の張るものや思い入れの強いものということで、ありきたりですが家・自動車・時計・パソコン(デスクトップとノート)といったところでしょうか。次にまた5枚のカードが配られ、「大切にしている自然や思い出」を書くよう指示されます。自分は...子供2人が生まれた日の思い出・妻と出会って一緒に暮らした思い出・子供時代に両親や妹と暮らした思い出・祖父母との思い出というように、自然よりも思い出で全部埋めてしまいました。次のカード5枚には「大切な人」を書きます。自分なら...さきの思い出と被ってしまいますが、やはり2人の子供と妻・両親といったところでしょうか。最後の5枚には「大切な活動・行動」を書くのですが、正直いってこれは結構難しいですね。子供たちと遊ぶこと・妻と話をすること・勉強すること・仕事すること・ブログ記事を書くこと。こうやってみると自分の場合は、大切なのは極端に「家族」に偏っていて、基本的に家族の中に閉じこもった内向きな人間なんだなと思います。

 死の疑似体験はここからです。講師が穏やかな口調で「あなた」に病気が発見されたと告げ、先に書いた20枚のカードを順番に丸めて床に捨てていきます。末井氏と同じように、自分も最初に捨てられるのは「物」の5枚でしょう。いくら高価な物でもあの世に持ってはいけないですし、一番執着を断ち切りやすいのが「物」な気がします。次は「活動・行動」の5枚でしょうか。そして「思い出」。もちろん捨てたくはありませんが、「人」を捨てるのはやはり最後にしたいと。そして「人」の5枚も順番に捨てていき、最後に残る1枚を決めます。末井氏の参加したワークショップでは母親を最後に残す人が多かったそうですが、自分の場合、子供たちも両親もこの上なく大切に違いないのですが、熟慮の末、最後の1枚として残すのは妻にしようかと思います。

 「死の疑似体験」というタイトルから空気を読んでしまって、「大切な人」に自分自身は入れなかったのですが、ご自身を最後に残した方もいるかもしれません。自分の場合は、一番大切なのはやはり家族、それも究極的には妻というありきたりな結末でしたが(末井氏の参加されたワークショップでは妻を最後に残したのは2人だけだったそうで、そういう意味では多数派でもないようです)、皆さんは究極的に一番大切なのは何でしたか。大切なものをどんどん捨てるという、「死」の疑似体験。自分と同じように「物」を真っ先に捨てた方は多かったのではないかと思うのですが、死を前にした人が、物への執着を捨て高僧のような精神状態になるのがちょっとだけわかった気がしました。

ブログランキングに参加しています。よろしければポチッとご協力をお願いします
にほんブログ村

0 件のコメント:

コメントを投稿