2017年12月1日金曜日

頭の良さと悪さのバランス

東京新聞:科学者は「頭がよくなくてはいけない」。もっともだが、その後…:社説・コラム(TOKYO Web):

 今回は11月26日の東京新聞の筆洗の記事を元に、「頭の良さ」と「頭の悪さ」について考えてみようと思います。元記事では、物理学者の寺田寅彦氏がご自身の著書「科学者とあたま」で書かれている次の言葉が紹介されています。

 科学者は頭が良くなければならない。同時に頭が悪くなければならない。

 頭の良さと悪さを同居させよというのですから禅問答のようですが、ここで言われる「頭の良さ」はもちろん、読み書きソロバンのような基礎学力の上に、学問的な課題に対して仮説を立てるための記憶力や発想力・論理的思考力のようなものを指しているのでしょう。それに対して科学者が持つべき「頭の悪さ」というのは何でしょうか。おそらく、「頭の良さ」に基づいて立てられた仮説を検証する段階、例えば実験を重ねたり資料を集めたり論理的な裏付けを取ったり。そういう地道な作業を「愚直に」行なえるための、根気というか真面目さというか馬鹿正直さというか。そういうものを言っているのだと思います。

 つまり科学者にとって必要な「頭の良さ」と「頭の悪さ」は相反するものではなく、ここで言う「頭の悪さ」の反対語はむしろ「要領の良さ」「小利口さ」「ずる賢さ」みたいな言葉になるでしょう。元記事では、「頭の良さ」と「頭の悪さ」が両方必要であるにも関わらず、最近「頭の悪さ」が失われているんじゃないだろうかと指摘されているのです。

 「(いい意味での)頭の悪さ」が失われている。その槍玉に上がっているのが、製造業で相次ぐ品質検査をめぐる不正問題です。自分もある電機メーカーに勤めているので、こういったニュースは残念ですが、他人事ではなく自分のこととして身を引き締めなければならないところです。日産自動車、神戸製鋼、三菱マテリアルグループなど、次々と品質保証の問題が出てきています。

 これらの品質問題に共通しているのは、企業にとっての「頭の良さ」の象徴である「効率向上」「納期厳守」「収益拡大」が幅を利かせすぎていることです。もちろん企業経営を考えた時、「効率向上」「納期厳守」「収益拡大」は絶対的な正義です。しかし、大型の受注を勝ち取った人、多くの利益をもたらした人、納期を守ってプロジェクトを完遂した人のような花形に比べ、時間をかけて愚直に品質検査をし不良ゼロを達成した人に対し、企業はあまり評価を与えてきませんでした。彼らが達成した「不良ゼロ」ということを過小評価して、むしろもっと品質検査の効率向上すべきだとかコスト削減すべきだとか。そうして、品質保証に愚直に取り組む人を軽視し、効率よく手を抜いてコスト削減する人ばかりになった結果がコレじゃないでしょうか。

 実は自分の勤める会社では、従来は設計部門が設計・製作・試験もした製品に対して、品質保証部門が独自に試験を行なって出荷するという仕組みになっていました。効率向上を考えれば、設計部門で試験を行なうのだから品質保証部門でまた試験するのは頭がいいことではありません。しかし、作った人が行なう試験はどこかゆるい試験になりがちですので、品質保証部門はユーザー視点に立った試験や意地悪試験などと言われる試験を行なって、品質保証部門が合格を出さないうちは出荷できないという強い権限を持っていました。設計部門は理不尽とも思える品質保証部門の要求に泣く泣く対応させられるのですが、代わりに品質保証部門が合格を出した製品は、その後不具合が見つかったとしても全て品質保証部門が責任を取ります。品質保証部門は、出荷後の不具合は全部自分が責任を負わされるのですから、効率やコストなんか度外視で必死に試験をし、少しでも変なところがあると強権を発して設計部門に修正させます。この仕組みが品質保証部門の「いい意味での頭の悪さ」を引き出して、高品質を保ってこられたのだと思います。

 それが最近「効率向上」と言い出していて、品質保証部門は独自の試験を行わずに設計部門の行なった試験内容を確認するという「ドキュメント検査」なる方式に変えられてしまいました。それまで設計部門と品質保証部門で同じ試験を行なっていた場合もあるのですから、効率向上を考えれば1回で済ませるのが「頭のいい」ことだと考えたのかもしれません。しかし、設計部門にいる自分としては、これは「悪い意味で」の頭の良さだと思います。設計部門が納期やコストの縛りを受けて行なう試験というのは、やはり品質保証部門が縛りなしに「愚直に」行なう試験に比べて緩くなりがちなのです。自分は、今後の製品が「いい意味」での頭の悪い試験を行なわず出荷されてしまうことに、密かに身震いしているところなのです。

 働き方改革とか効率向上とか、聞こえのいい言葉を並べて小利口さを追求するのもいいでしょう。しかし、メーカーの生命線である品質の最後の砦は「愚直さ」を持つ人たちが支えていることもまた事実なのです。

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