2017年12月28日木曜日

選べることは幸せなこと

ショッピングモールに人が集まる理由(わけ)とは? | METHOD Network 【メソード ネットワーク】:

 今回はブログサークルで切磋琢磨させて頂いているトニーマサキ氏によるメソードネットワークというブログの記事を元に、「選択の自由」と「幸福」そして「努力」との関係について考えてみようと思います。

 元記事では、トニーマサキ氏がショッピングモールに行った時ふと感じた幸福感について掘り下げておられます。実は、自分はある地方都市に住んでいて近くに大型ショッピングモールがあるのでよく子供を連れて訪れるのですが、その時子供を遊ばせたり買い物をしたりして家族と過ごす休日の幸せを感じたことはありましたが、トニーマサキ氏の言われる幸福感はそういう幸せとは少し趣旨が違うのです。ここで言われている幸福感の源は、ズバリ「選択の自由」です。

 ショッピングモールには、衣服店・雑貨屋・食品店・娯楽施設・モバイルショップなどさまざまな店舗が軒を連ね、訪問した客としては何を選ぶのも自由。そしてむしろこちらの方が重要かもしれませんが、何も選ばないのも自由。こういう多くの選択肢から「自分で」選ぶことができるというのが、最も幸福な要素の一つではないかと言われているのです。ナルホド。日常の喧騒のなかで頭の奥底に眠っていた考え方ではありますが、改めて言われるとその通りだと思いませんか。

 例えば、下世話なところで「お金」や「学歴」。もちろんこれらがあるから直ちに「幸福」とイコールというわけではありませんが、人によっては「幸福」を形成する重要なパーツです。現実的には、最低限の食生活が保証されるお金を持っているだけでは心の豊かさは満たされません。多少の余裕があったとしても、デパートで高い服は無理だからスーパーでセール品しか買えないとか、私立の学校に行きたいが経済的理由で公立校にしか進めない、あるいは学校を中退して働かざるを得ないという選択肢のなさ。一方で、経済的に余裕があって、高い服もスーパーのセール品もどちらも選べる状態だけど服の好みからあえてセール品を選ぶ、私立も公立も選べる中から自分の将来の夢のためにあえて公立校を選ぶ、そのまま学校に通ってもいいけど夢の実現の道を早く進むためあえて中退するという選択。やむなく選んだセール品・公立学校・中退と、多くの選択肢があるなかで自分で選び取ったセール品・公立学校・中退とは、天と地ほどの差があるわけです。学歴についても、大手企業も中小企業も選べるなかで、あえて自分の実力を発揮するためにベンチャー企業に就職するのと、学歴がないなどの理由で止むを得ず中小企業に就職するのとは全く違います。そして、選択肢が多いなかで自分で選ぶことができるということこそ、幸福の大きな側面です。

 思えば私たちが努力を重ねる時、大きく二つの努力のスタンスがあることに気づきます。一つはゴールに向かった一直線の努力です。確固たる目指すべきゴールが見えていて、そこに向かって一直線。例えば、プロ野球選手になりたいという夢を実現するため日々練習に明け暮れる球児や、オリンピックで金メダルを目指すスポーツ選手。スポーツの世界に多い努力のスタンスですが、ミュージシャンになりたいとかお笑い芸人になりたいなんて夢に向かって頑張る人たちもやはり同じです。

 そしてもう一つの努力のスタンスが、将来の選択肢を広げるための努力。例えば、受験勉強などがこれに当たります。将来いい大学に入って学歴を得ること、その学歴で就職の選択肢を広げたり、お金に不自由ない状態を勝ち取って、その後の人生の選択肢を広げたい。人がこの2番目の努力をすることができるのは、トニーマサキ氏の言われる「選択の自由」が「幸福」と大きく繋がっているからではないかと思うのです。だって、今の勉強の苦労が将来の幸せに繋がっていなければ、受験勉強なんかできないと思いませんか。我々が「努力」を考える時、なんとなく1番目の努力がピュアで応援したくなるスタンスに見えますが、自分はこの2番目の努力だって十分に誇っていい努力だと思います。

 今回、トニーマサキ氏の記事を読ませていただいて、子供の頃に見たある映画を思い出しました。それは「僕らの七日間戦争」という宮沢りえさん主演の映画です。中学生が廃工場に立てこもって大人と対立するというたわいもない映画ではありますが、TMネットワークの「Seven Days War」という歌が使われていて、こんな歌詞があります。

全てを壊すのではなく 何かを捜したいだけ
全てに背くのではなく 自分で選びたいだけ
Seven Days War たたかうよ
僕たちの場所 この手につかむまで

動画の方はこちら(↓)。思春期まっただ中、親や教師に反抗して廃工場に立てこもった中学生たちのたたかう理由は「自分で選びたい」ことなのです。親や教師が敷いたレール(もちろんその子の将来のことを思って)の上を走ることは、将来的な選択肢の広がりに繋がるかもしれませんが、幼い彼らにはそこまでの遠景が見えません。目の前の選択肢のなさに窮屈さを感じ、自分で選びたいんだと反抗するのです。


 選択肢の多さ。自分で選べること。自分で選んだ道を歩むことができること。普段はなかなか気づきませんが、これはとても大きな幸せです。以前に幸せを噛みしめることで幸福を感じやすい脳を作ることができるという記事を書いたことがありますが、いまあなたが置かれている状況が数多くの選択肢の中からあなた自身が選んだ道なのだとしたら、そのことを思い出して幸せを噛みしめるいい機会ではないかと思います。

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