2018年4月23日月曜日

「知らぬが仏」が通じないハイレゾ社会

ふかわりょう「世の中がハイレゾ社会になっている。」 | 芸能ニュースまとめ エキサイト:

 今回は、タレントのふかわりょうさんが今年4月7日に東京新聞で書かれた寄稿記事を取り上げようと思います。ネット上でもふかわさんの評判をぐんと上げている、あの記事ですので、他のサイトや他の方のブログでもご覧になったことがあるかもしれません。

 その元記事がこちら(↓)。数年前からオーディオ音楽の世界では「ハイレゾ」という技術が流行っています。「High-Resolution Audio」略で、CDのサンプリングパラメータ(44.1 kHz, 16bit)よりも高い解像度でデータ化された音楽のことを指しています。これまで自分たちが聞いていたCDの音質よりもいい音にするために、同じ曲でも情報量がぐんと多くなっています。CDでは聞こえなかった高音が聞こえるとか臨場感が違うとか言いますが、残念ながら自分の耳ではCD音質との違いは分かりませんでした(笑)。単独で聞いても違いが分からず、同じ曲を聞き比べると一応は違うことは分かりますが、どちらが良いかと言われても分からない。そんな感じでした。


 ふかわさんの主張は、社会が「ハイレゾ」のようになっているというものです。ハイレゾのような「情報量の多い(≒いい音質の)音楽」は、逆に聴き疲れてしまうということがあると言われていて、ふかわさんの主張はそれになぞらえて、情報量の多い社会は生き疲れてしまうということだと思います。もちろん、ここで言う「社会」はリアル社会もそうですが、どちらかというとSNSをはじめとするネット社会のことです。

 昔は個人のつぶやきなんて、耳に入ってきませんでした。誰かが陰で自分の悪口を言っていても、耳に入ってこないので、彼(彼女)の裏の顔を見ることなく付き合いができていました。いい意味で、「知らぬが仏」だったのです。ところが今の時代は、SNSの発達によって否応無しに誹謗中傷の情報が入ってきます。彼(彼女)の裏の顔を見てしまうと、もう以前のように付き合うことができなくなってしまいます。まして、ふかわさんのような顔と名前が売れているタレント業の方なら、入ってくる誹謗中傷のボリュームも大きいのでしょう。

 誰がどう思っているのか、何を感じているのか、個人レベルの情報が入ってきます。もちろんほとんどの個人のつぶやきなど、取るに足らないものと右から左に流すことになるのですが、意外にもこの「右から左に流す」ことって労力が要るんです。何らかの情報処理をすると、それがほとんど無視に近い処理であっても、少しは疲れてしまいます。シャワーを浴びるかのように情報をどんどん処理している現代の人は、昔の人に比べて格段に疲れ、ダメージを受けていると思います。心に。

 確かに、今さらネットと切り離された生活というのも考えづらいところです。難しいことですが、それでも、たまにはスマホを持たず外出してみる。現代は、そんなことがリフレッシュにつながる社会かもしれません。

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