2018年8月6日月曜日

貧しい親には貧しい子しか育たない

貧困家庭の子供が成長してもお金を稼げない本当の理由

 今回の話題は、子どもを持つ親として信じたくないことですが、親が貧しければ子どもも貧しくなるという話題です。いわゆる貧困の連鎖と言ってもいいかもしれません。以前、親の学歴が子どもに影響するとか遺伝と家庭環境が子どもの学業の大部分を決める、あるいは親が貧しいと勉強で不利だという記事を書きましたが、その延長線上のようなイメージでしょうか。元記事は、松原麻依氏によるDiamondオンラインの記事です。

 松原氏が言われているのは「文化資本」という考え方です。文化資本というのは、いわゆる金銭などの経済資本とは異なる、個人的な資本というものがあるという考え方です。文化資本について、フランスの社会学者ピエール・ブルデュー氏は「身体化された文化資本」「客体化された文化資本」「制度化された文化資本」という3種類に分類しています。身体化された文化資本というのは、仕草や立ち振る舞いあるいは知識や技能など、その人の身体に染み付いているものを指します。「客体化された文化資本」は美術品や書籍などの物、「制度化された文化資本」とは学歴などを言います。そして、経済資本がカネそのものかカネと交換できるものを指しますが、文化資本というのはカネを稼ぐ力と密接に関わるのです。

 しかし、親に教養や学歴がなくたって、子供が一生懸命それらを身に付けてカネを稼ぐようになることは十分に可能だと思いませんか。自分も我が子にはそうあって欲しいところですが、現実はそんなに甘くないようです。ブルデュー氏は、経済資本と同じように文化資本も親から子へと受け継がれていくと言います。例外的に宝くじに当たったとか事業で一山当てた成金という人もいるでしょうが、何代にも渡って財を成してきた人とは子ども・孫へと繋がる経済的繁栄には大きな違いがありそうです。

 文化資本が親から子へと受け継がれていくことを「文化的再生産」と言うのですが、それは家庭環境が最も大きな影響を与えます。幼少期に、いつでも本が読める環境だったか、音楽や美術に日常的に触れることができたか、マナーを求められるような場所で食事した経験はどれ程あったか。そういった家庭内での経験によって、親から子へと受け継がれるのが文化資本なのです。よく「親の背を見て子は育つ」なんて言いますが、親が本を読んだり勉強したりする姿を見せる、学問的な議論を子供と戦わせる、美術や音楽を子供と一緒に楽しむ、そう言う姿を見せることで子どもに伝わっていくのでしょう。

 そして、ライターでコラムニストの北条かや氏は、その人が文化資本的なものに価値を見出すかどうかは、属しているコミュニティに影響を受けやすい、と話しています。富裕層のコミュニティは文化資本に価値を見出す傾向が強く、対して貧困層・ヤンキー層はそういったものに価値を見出さず目先のカネに汲々としている傾向があります。平たく言うと、ヤンキーとお坊ちゃんがいたとして、学校ではヤンキーがスクールカーストの上位にいる場合もありますが、社会ではむしろ底辺になり下がるのに対して、お坊ちゃんは高い文化資本を有し、社会では高い階層と経済的な有利を手にするのです。

 社会学の階層調査においては、親から子・子から孫へと年代を重ねるごとに親の地位が再生産されやすくなっていると分かっています。つまり、成り上がりとか身一つで階級間を逆転するというのは、世代を経るごとに難しくなり、それはすなわち、経済格差が固定化されるということに他なりません。つまり、文化資本の格差が経済資本の格差を産み、格差は埋まるどころかどんどん広がっていくということです。

 社会人として評価される、コミュニケーション能力、マナーや作法、お金の管理能力、机に長時間座っていられるような持久力、そういったものもすべて文化資本です。そして重要なことですが、社会システムは文化資本を持っている人が有利に、持っていない人は割を食うようになっています。階級上位の人たちはそのことを知っているので、我が子には家庭環境や学校教育を通じて文化資本を身につけさせます。一方で、その重要性を知らない貧困層は、社会が悪いと言って暴れたりお酒で現実逃避したりする子どもが育ってしまいます。子どもを持つ親としては、勉強ができる・学歴があるといった文化資本を持つことのパワーを謙虚に受け止め、我が子には負のループを抜け出せるよう援助したいものですね。

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