2018年11月7日水曜日

夢のテクノロジー「デジタル来世」は「デジタル・イタコ」かも知れない

人類は永遠の夢「不死」をデジタルで手に入れるのか

 今回は我々の「死」への恐怖を和らげてくれるかもしれない、夢のようなテクノロジーとその怖さについて紹介したいと思います。元記事は、Courtney Humphries氏がMIT Technology Reviewに書かれていた記事です。

 紹介する夢のテクノロジーとは、たとえ死によって肉体が失われても、デジタルの世界の中に精神が生き続けることができる「デジタル来世」です。個人的にはまだ実現性について怪しい気もするのですが、元記事の中でHumphries氏は、知人の経営者のデジタルアバターを作成しているホセイン・ラーナマ氏を紹介しています。ラーナマ氏は、ライアソン大学に拠点を置く研究者兼起業家であり、マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの客員教授とのことです。ラーナマ氏は、この知人が肉体的な死を迎えた後、残された会社の経営者や重役が経営的判断に困った時、このデジタルアバターがアドバイスをくれることを期待しているようです。

 ラーナマ氏は、肉体的な死後も自身の代理として人々と対話できるデジタルの人格を作成することができる、「Augmented Eternity」と呼ばれるアプリケーションを開発しています。「augmented」というのは拡張という意味で、最近流行りのAR(Augmented Reality:拡張現実)のAですね。Augmented Eternityとは、デジタル世界という「拡張」のなかで永遠の命を手に入れると言った意味なのでしょう。

 Augmented Eternityの技術的な仕組みは紹介されていませんが、元記事からはいわゆる機械学習を使用した人工知能(AI)によって、生前のその人の様々なデータを学習させることで、デジタル世界の中に「人格」を再現しているのだと思われます。例えば、人は人生の中で数多くの選択と判断を行なうと思います。それは、M&Aの決断や経営的判断のような高尚なものから、今日の昼ごはんに何を食べるかと言った些細なものまで、人生とは選択と判断の繰り返しです。ある人の人生の中で行なわれた選択と判断を数多く学習したAIは、その人の死後、新たな判断が求められる局面において、まるでその人が選択し判断したかのように振舞うことができます。

 もちろん、「デジタル来世」はこれまでにないテクノロジーなだけに、解決すべき倫理的な問題は山積みです。元記事で例に出されているのは、イギリスのテレビシリーズ「ブラックミラー」の「ずっと側にいて(Be Right Back)」というエピソードです。夫と死別した若い女性が、亡くなった夫のデジタルアバターと交流するのですが、最初は恐る恐るテキストを打込むレベルだったのが、最終的には夫そっくりの高価なロボットを購入するまでのめり込んでしまうのです。生前の愛情が深ければ深いほど、アバターに本物の人格を求めてしまうようになるのかも知れません。問題なのは「アバターを作る企業の役割」です。アバターがもう少し自分のグレードアップをこの女性に提案したとしたら、女性は断ることができるでしょうか。

 よく考えると、「デジタル来世」って「死者の口寄せ」そのものかも知れません。日本では恐山の「イタコ」が有名ですが、死者の霊を自分に降霊(憑依)させてその言葉を伝えるというのは、シャーマニズムの色が濃く、やらせの噂も絶えない、ある意味怪しい存在です。しかし現代においてさえ、イタコの口寄せにすがる人は後を絶ちません。残された人は、それほどにも死者との別離を悲しみ死者と話をしたいのです。個人的には、本物のイタコよりも「デジタル・イタコ」の方が、死者の生前のデータにもとづいているだけもう少し信用がおけるかも知れません。しかし、死者の口寄せが厳しい修行の結果としてのイタコの倫理に支えられているように、「デジタル・イタコ」の場合は企業の倫理に大きく依存してしまう危うさがあります。死者が生きている人を操るパワーは実に強大です。そのパワーの源泉を特定の企業が握ってしまうことには、非常に大きな危うさを感じるわけです。

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